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【いのち(命)の源の本質は(真実の)愛です。
その(真実の)愛はあなた(地上の人々)の内にも(必ず)あります。
いのち(命)の源の愛は、無条件の愛、偉大な本源の愛そのものです。
そのすばらしさ(崇高さ)を地上の言葉で、それ(そのもの)を表現することは困難です。
いのち(命)の源の愛は地上的理解を超える絶対的(超越的)愛です】
(真実の)愛があればこそ、あらゆるものが(真実に)生まれ育ち成長し浄化し向上して行くのです。
愛(真実の愛情)こそがいのち(命)の発生成長浄化向上の原因(要因)なのです。
地上(物質現象)世界においても、そこに(真実の)愛がなければ何ものも空しい(虚しい)幻(現象上の影)のようなものでしかあり得ません。
それを逆説的に表現してみますと、(真実に)生まれた(創造された)ものは(真実の)愛から生み出されて(創り出されて)いるのです。
今回も(相応に)次元交差的表現が必要になりますが、何か違和感等を持たれる方は「その様な事も、もしかするとあり得るのかもしれない」位に(ひとまず)受け止めておいて下さい。
この地上(物質現象)世界においても、霊的(異次元的)現象について最善から最悪まで様々な表現方法や表現者達が現れ得ます。
その中には(その内容において様々ではありますが)霊的表現等を使っての虚偽行為(嘘をつく者)や詐欺行為(だます者)や偽装行為(なりすます者)等々も現れ得ます。
この地上世界の(人間的)様々な欲望の利己的満足を目的として、霊的表現等を利用している表現者等には特に注意が必要です。
したがって、霊的表現を(霊的興味から)むやみに信じ過ぎない事も大切な(必要な)態度でもあり得るのです。
ひとまずは、「この地上(物質現象)世界において(通常感覚には)秘められた(霊的、異次元的、超越的)事象が(善悪共に)あり得るのかもしれない」位に受け止めておいて下さると幸いです。
いのち(命)の源は、全宇宙に存在するあらゆるものの源(創造主)なのです。
その全ての源の偉大な心(意識、意志)の本質(本性)は真実の愛そのものです。
その愛に抗しきれるものは何もありません。
(本質的、本性的に)いのち(命)あるものは総てその源の現れ(表現、現象化)なのです。
(本質、本性において)真実のいのち(命)は真実の愛であり、真実の愛は真実のいのち(命)なのです。
【永遠無限なるものから生まれたもの(本来そのもの自身)は、その本質(本性)において(同じく)永遠無限なのです】
私たちの(真の)いのち(命)も永遠無限なのです。
私たちが心しなくてはならない大切な事は、いのち(命)を粗末にしてはならないという大前提です。
他の人のいのち(命)も、もちろん自分自身のいのち(命)も決して粗末にしてはならないのです。
これを逆説的に表現してみますと、勝手に死のうとしても(真実の命は)決して死んで(真に)消えてしまう事は出来ないのです。
地上の死は地上的現象として(表面上は)消え去った様に見えるとは言い得ますが、(真の)本人自身は(必ず)次元(世界)を変えて(超えて)その本人(自分自身)相応に生き続けます。
ですから(今)生きているという事は(現世の状況がどうあろうとも)どこまでも自分自身で(永遠無限に)より良く(善く)正しく誠実に生き抜いて行く覚悟と希望が大切(必要)なのです。
実際は私たち(人間)のいのち(命)は素晴らしい(永遠無限の)大切な(貴重な)宝物であるのです。
私たち(人間)は今(この時を)正しく誠実に(善意に)生きてさえいれば(この地上で)死に往く(行く、逝く)事を恐れる必要はないのです。
注意が必要なのは、この世にあって他の人(人々)に対して(真の)愛のない(反善意的、邪意的、悪意的、嫌悪的、無視的、攻撃的、利己エゴ的等)行為(意志や言葉や行動等)を繰り返している人(人々)です。
その様な人(人々)の場合は生前においても、又特に地上の死(死後)に(状況相応に)消し難い恐怖が伴うことが予想され得ます。
人間が正しく誠実に(善意に)生き抜いた先にあるものは(本人にとって)より向上と希望(栄光)への旅立ちの時(機会)なのです。
したがって(本来の人間性そのままに)正しく誠実に(善意に)生きてさえいれば(人間は)その存在そのものに大きな価値があるのです。
その様な人間は、今(どの様な状況にあろうとも)決して死に急ぐ必要も、死を恐れる必要もないのです。
私たちのいのち(命)を正しく生かすには、どのように生活実践をすることが良いのでしょうか。
私たち総ての者の内にある(真の)愛を有効に活用することが大切です。
そのためにあなたの内にある(真の)愛の現れである良心を(精一杯)活かしましょう。
あなたの(良心からの)慈愛の心、友愛の心、利他愛の心、奉仕愛の心等を正しく活かしましょう。
この世(物質現象世界)では(誰もが)様々な失敗や苦しみや悲しみ等にも出会い得ます。
これは千差万別とも言えますが、それらの様々な人生経験こそが(私たち人間が)この世に生まれ(さらには)生き抜いている(一面の)理由とも言い得るのです。
その人生経験(過ぎさった過去)を今(この時)に正しく活かす道が有るのです。
その様々な失敗や苦しみや悲しみ等の人生経験(過去)をただ嘆くのではなく、今に正しく活かすことが大切です。
その為に、あなたの良心(真の愛の現れ)をもって、今現在(この世この時)に対処して(自身に可能な慈愛、友愛、利他愛、奉仕愛等と共に)正しく生き抜いて行きましょう。
(真の)愛は(真の)光です。
同時に(真の)知恵は(真の)光です。
その(真の)光はいのち(命)の力(真のエネルギー)です。
私たちが優しい(愛の)思いや言葉や行動に触れた時に、心が明るくなったり暖かくなったり楽しくなったり嬉しくなったりするのは、その光(真のエネルギー)に心(意識、魂)が触れた為なのです。
私たちは何よりも(真の)愛に対して心(意識、魂)が感じて(感動、感激、感謝等)より元気になり明るくなったり暖かくなったり等するのです。
永遠のいのち(命)は、あなたの心の奥にある真実の存在(いのちの源からの分霊)としてのあなた自身(真の意識、霊魂、真我)なのです。
(真実)永遠のいのち(命)の本質は、現世次元のあなたのその奥(内、内側、内界的次元)に確かにあるのです。
(真実の)知恵と愛は、現世のあなたの理性と良心として現れて(働いて)いるのです。
(真実の)知恵と愛が自分自身の内にある喜びを今(この時)そのあなたの心で深くしっかりと感じましょう。
あなたの理性(知恵)と良心(愛)を(精一杯)大切に今を(現世を)正しく明るく楽しく、そして(相応に)人間性において美しく生き抜いて行きましょう。
(真実の)あなた自身を大切に今(この現世)を生き抜いて行きましょう。
(真実の)あなた自身が喜ぶような(正しい)生き方を続けましょう。
(真実の)あなた自身に必ず実りある時が訪れます。
あなたの日常(今この時)が人間の本質である正しい理性(真の知恵)と良心(真の愛)に基づいた(真に)実りある経験(地上人生)となりますように、わたしは願っています。
(真の)いのち(命)の実在に心より感謝を捧げます。ありがとうございます。
あなたの(真の)気付き(機縁)に心より感謝を捧げます。ありがとうございます。
永遠のいのち(命)と愛と知恵と力の源(創造主)の摂理(この宇宙の自然法則)が正しく啓示され、その真実(真理)の光(輝き)が、あなたの大切ないのち(命)まで届きますように。愛と喜びの心で感謝を捧げます。ありがとうございます。