k-styleの大切なメッセージ


(この世では定かには理解できない事もあるかもしれない)について



 たとえを一つお話します。
『 たとえばあなたが、映画かテレビの長編ドラマを観ています。
あなたは主人公の立場になっています。
いい場面では感動し涙さえ流しています。
この先どうなるのかワクワクしながら観ています。

その時あなたの知人でそのドラマの先を観た事のある人がささやきます。この先の展開を教えてくれるのです。
あなたはそれを聞いた途端にワクワクしていた気分がすっかり冷めてしまい、観る気が無くなって席を立ってしまうかもしれません。
知人に対して「余計な事をしてくれた」と非難するかもしれません 』

この世で未来を見通す(予知)能力を持つ人ということは、この話の知人に近いのではないでしょうか。

そして、もしもこの世の多くの人々が(相応の)未来が理解出来てしまうという事になると、この世の生き生きとした感動出来る生活に対して大きな不都合を招く事になるかもしれません。(ドラマを観る気が無くなった人のように)

 

何らかの特殊な能力(予知能力、霊能力等)を実際に持った人々には、特別な使命、あるいは課題としてその必要性に応じた(相応の)能力が顕現していることが考えられます。

何らかの霊能力等があるだけでは、正邪善悪(高次元、低次元)等の判断は出来ません。その人の考えている事、話している事、行っている事を良く見て観察して慎重に判断する必要があるでしょう。

そして、それらの能力を実際に持った人々は、その能力の使用や言動が(他の人々への影響において)正しい事か否かを常に自己見性(検証)する必要(責任)があるでしょう。

 

霊視能力は、言葉がまだ十分に話せず記憶力も未発達な乳幼児や言葉が失われつつある臨終直前の人等には通常の人よりは割合頻繁にみられる現象であるのです。
それは他界により近い存在であるからとも言えます。そして言葉や記憶力が発達する少年少女期になると、この能力は(通常)失われるのです。

 

【ここで誤解を避ける為に確認しておきたい事があります。人間のいのち(命)の本質は霊魂です。従って霊的感覚は誰にも常に潜在しています。霊的摂理に則して正しく顕現した霊感覚は人間の霊性向上に役立つ限り、有用な大切な能力と言えます。これはこの世(物的現象界)での霊的現象を考える上で大切な一面でもあります。もちろんですが、それにも最善から最悪までの事柄があることは、よくよく注意する必要があります】

 

通常の人々は、この世(物質自然界)ではこの世限りの能力だけが通常は必要であり、その中で生き生きと生活体験することが求められる、という大切なこの世の一面(基本的必要性)があるのです。

そうでなければ、この物質現象界(この世)に生まれて生きているという、大切なこの世での存在価値が大きく失われる事にもなりかねません。

生まれてから死ぬまでの自分という唯一のいのち(命)、明日をも知れぬ(この世の)自分のいのち(寿命)に対する尊厳、自分自身の心という掛け替えのないいのち(命)の働き、その心をしっかりと本気で見つめて、真剣に生き抜くことが求められるのです。

この世においては限りあるいのち(寿命)として、現在の人生を一生懸命生きる事が求められているのです。この世(物質自然界)のすべての表れには、人間(霊魂)のこの世における進化向上の為の意味深い素因が摂理(法則)として働いているのです。

 

ですから通常の人々は、今現在は基本的には必要としない能力(予知、霊能力等)は、今現在は閉ざされている、基本的には封印されている(潜在化されている)のが自然であり理に適っているのです。

従って、通常の人々にとっては、(この世では定かには理解出来ない事もあるかもしれない)との考えは、一理を持っているのです。

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