| 一 | 灯火の明石大門に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず | 柿本人麿 |
| 二 | 見渡せば明石の浦に焼す火の秀にぞ出でぬる妹に恋ふらく | 門部王 |
| 三 | 旅にあれど夜は火等毛之居る我を闇にや妹が恋ひつつあるらむ | 壬生宇太麿 |
| 四 | あぶら火の光に見ゆるわが蘰さ百合の花の笑まはしきかな | 大伴家持 |
| 五 | 燈火の光に見ゆるさ百合花ゆりも逢はむと思ひ初めてき | 伊美吉縄麿 |
| 六 | 家ろには安之布多気ども住みよけを筑紫に到りて恋しけもはも | 物部真根 |
| 七 | 人にあはん月のなきには思ひおきて胸はりし火に心やけをり | 小野小町 |
| 八 | 五月山木の下闇にともす火は鹿のたちどのしるべなりけり | 紀貫之 |
| 九 | 蚊遣火のさ夜ふけがたの下こがれ苦しや我が身人知れずのみ | 曾禰好忠 |
| 十 | みかきもり衛士のたく火の夜は燃えて昼はきえつつ物をこそ思え | 大中臣能宣 |
| 十一 | かがり火にたちそふ恋の煙こそよにはたえせぬ炎なりけり | 紫式部 |
| 十二 | 鵜飼舟たかせさしこす程なれや結ぼほれゆくかがり火のかげ | 寂連法師 |
| 十三 | 照射する火串の松もかへなくに鹿目合はせであかす夏の夜 | 西行法師 |
| 十四 | 思ふどち夜半のうつみ火かきおこし闇のうつつにまどゐをぞする | 右京太夫 |
| 十五 | 須磨の浦に蜑のともせる漁火のほのかに人を見るよしもがな | 源実朝 |
| 十六 | うち出す火うちの石のほくそなみ なににもつかぬ我が身なりけり | 藤原家良 |
| 十七 | 窓の外にしたたる雨を聞くなべに壁に背ける夜半の燈 | 花園院 |
| 十八 | さよふくる窓の燈火つくづくと影もしづけし我もしづけし | 光厳院 |
| 十九 | 夜をさむみ衣かたしき独居の床に思ひをおこすうつみ火 | 武田晴信 |
| 二十 | もの言はで我にそむかぬ友どちはまくらに近くともすともしび | 中山三柳 |
| 二一 | 燈の影にて見ると思ふまに文のうへしろく夜はあけにけり | 香川景樹 |
| 二二 | 風はやみ庭火のかげも寒けきはまこと深山に霰ふるらし | 田安宗武 |
| 二三 | よもすがらつまきたきつつほろゐしてにごれる酒をのむがたのしき | 良寛 |
| 二四 | そむくべきくまものこらぬあばら屋は月にけちぬるあきのともし火 | 小澤蘆庵 |
| 二五 | 風たえて庭に手向ける燈火も影しつかなる星合いの空 | 大竹信政 |
| 二六 | 底清くてらすかがりにいさわ川いざこととうるるいろくずやある | 加茂秀鷹 |
| 二七 | ふく風にきえもやすると燈を かくせば花のちるは見えずて | 大隈言道 |
| 二八 | 人麿の御像のまへに机すゑ 燈かかげ御酒そなへおく | 橘曙覧 |
| 二九 | ともしびをさしかふるまでいくさ人 おこせし文を読み見つるかな | 明治天皇 |
| 三十 | ともし火に近くよりつつ見る文も 目がねをたのむ身となりにけり | 昭憲皇太后 |
| 三一 | たつとなき釜の湯の気のかげをさへ壁にみせけり庵のともしび | 大口鯛二 |
| 三二 | 燈火のあぶらつぐまにひえにけりいま起きいでし ねやのふすまも | 小出粲 |
| 三三 | あたまもるとりでのかがり影ふけて夏も身にしむ越の山風 | 山県有朋 |
| 三四 | 提灯の火が少しばかり先になりて野菊の花が照らされ居たり | 佐々木信綱 |
| 三五 | かなしきは浅草寺の本堂のとびらしまりて火のともる時 | 与謝野寛 |
| 三六 | 窓の灯の油のつぼの小ささなる波みて秋の夜を更かしたり | 与謝野晶子 |
| 三七 | 川むかひの山ふところや夕されば灯はともりたり家あるらしも | 相馬御風 |
| 三八 | 寝静まる里のともしび皆消えて天の川白し竹藪の上に | 正岡子規 |
| 三九 | 観音をきざむ仏師の小刀の光もさむき燈火のかげ | 落合直文 |
| 四十 | 軒先の岐阜提灯に火ともりて庭のうち水光なまめく | 武島羽衣 |
| 四一 | 十一時街はいねたり青やかに雪ぞよこぎる瓦斯の灯のまへ | 尾上柴舟 |
| 四二 | 枕べのともしびきえて手さぐりに薬のむ夜のさびしくもあるか | 金子薫園 |
| 四三 | すさまじくみだれて水にちる火の子鵜の執念の青き首見ゆ | 大田水穂 |
| 四四 | 鴻巣の提灯あかき雪の日の南伝馬をわが行くゆうべ | 前田夕暮 |
| 四五 | 春の夜のともしび消してねむるときひとりの名をば母に告げたり | 土岐善麿 |
| 四六 | 一つりのらんぷのあかりおぼろにて水を照らして家の静けさ | 伊藤左千夫 |
| 四七 | 川波の闇き下瀬に流れ継ぐ萬燈はいかになりをはるらん | 臼井大翼 |
| 四八 | せんだんのほとけほのてるともしびのゆららゆららにまつのかぜふく | 會津八一 |
| 四九 | すすけたるらんぷの下にあつまりて親子さびしく夕餉食すらむ | 橋田東聲 |
| 五十 | 冬野吹く風をはげしみ戸をとぢてはや灯をともす妻遠く在り | 島木赤彦 |
| 五一 | おほははがみ面の皺目榾の火の赤き焔にあかりておはせり | 由利貞三 |
| 五二 | 軒灯の灯かげ灯かげに雪のふり行く人あらず夜の大路に | 窪田空穂 |
| 五三 | 日の暮れの暗き廊下を下婢がはこぶランプのかげうつりくる | 酒井広治 |
| 五四 | 軒雫おほまがさびに落ちゆらぐ秋海棠に灯をともしけり | 岡千里 |
| 五五 | 春の夜の火影おぼめく靄の街どよみを脱けて添ひたまひける | 平野萬里 |
| 五六 | アーク灯ともれるかげをあるかなし蛍の飛ぶはあはれなるかな | 北原白秋 |
| 五七 | 提灯は昔ながらにぶらぶらとかうしてゐても過せる世かな | 竹久夢二 |
| 五八 | 街なみの露天をかこむ人だかり黙りし顔にただ火は対ふ | 四海多実三 |
| 五九 | 夕ふかしうまやの蚊遣燃え立ちて親子の馬の顔赤く見ゆ | 古泉千樫 |
| 六十 | われ一人のぼれる山にかざし来し安全灯を雪の上に据う | 藤澤古實 |
| 六一 | ともし灯にうかぶ歌舞伎の絵看板お七吉三がおもはゆさうな | 松本初子 |
| 六二 | 灯火は家ごとにくらし霧うごく夕べの街に海苔を買ひけり | 横山重 |
| 六三 | 夜もすがらあぶらもささず風ふけどかぜにも消えぬ灯火の影 | 浅井洌 |
| 六四 | あなあはれ寂しき人ゐ浅草の暗き小道にマッチ擦りたり | 斉藤茂吉 |
| 六五 | 紅燈の巷にゆきてかへらざる人をまことのわれと思ふや | 吉井勇 |
| 六六 | 真白なるランプの笠の瑕のごと 流離の記憶消し難きかも | 石川啄木 |
| 六七 | とろとろとひとり燃えつつゐろりなる榾のほのほのあはれなるかな | 若山牧水 |
| 六八 | 柏はら/ほのほたえたるたいまつを/ふたりかたみに/吹きてありけり | 宮沢賢治 |
| 六九 | 龕灯を水口近くひき寄せて田に入る水をうれしみにけり | 結城哀草果 |
| 七十 | 峰の上には さ夜風起る木のとよみ。たばこ火あかり、人くだり来も | 釈迢空 |
| 七一 | 細指で碁石ならべる奥深う燈篭ともした祇園會の家 | 青山霞村 |
| 七二 | 弟のねざまなほしてたらちねは細きランプを消さむとすなり | 土屋文明 |
| 七三 | 磯波の音もとだえし夜のしじみ洋灯の傘にとまる虫あり | 土田耕平 |
| 七四 | 夜半の工事のカンテラの灯をなびかせて最終電車遠去りにけり | 今井邦子 |
| 七五 | 焼け土を堆くつみし路傍にぶら提灯を火ともして売る | 石榑千亦 |
| 七六 | らふそくの光をぐらき室隅に馬追ひならむ翅をする音 | 松村英一 |
| 七七 | バラックにともるあかりのほのぼのと夜霧降りくる冬近づきぬ | 半田良平 |
| 七八 | 三たび目の万歳いはふもろごゑや提灯の火がいやもまれゐる | 加藤増夫 |
| 七九 | 盗電を夜々つづけにき幼子の病みふす部屋の温度保たむと | 栗原良輔 |
| 八十 | 映写光の中に子供ら伸び上がり手をうつし頭うつしてよろこびてをり | 小川正子 |
| 八一 | 尻黒き鍋つりさげてものを煮る木の葉くべつつ母ぞ親しき | 伊藤生更 |
| 八二 | つきにくくなりしライターを二つ持ちライター屋を囲む人の後に佇つ | 長谷川銀作 |
| 八三 | あたたかに卓上燈のともりつつ打つ写字音のはやくひびける | 鹿児島寿蔵 |
| 八四 | ものかげに古ぼけはてたるランプ見て傷める胸の思ひぬぐへぬ | 前川佐美雄 |
| 八五 | 踏切にせかされとどまりし一隊の兵はみな仰ぐ夜汽車の燈を | 齋藤瀏 |
| 八六 | いっせいに電燈つきぬ数珠ならぶ数珠屋四郎兵衛の店ぞはなやぐ | 橋本徳寿 |
| 八七 | 血みどろになりたるごとく照る波はいづれのビルが投ぐるサインか | 岡山厳 |
| 八八 | 自転車のヘッドライトは過ぎむとしたまゆら青し我が白足袋に | 杉浦翠子 |
| 八九 | 柔かい畳がある、火鉢がある、そして何よも明るい灯がある、うれしくてならぬ | 渡辺順三 |
| 九十 | 信濃よりもち帰りたる石一つ夜ごと灯火の沁みてゆくなり | 山下陸奥 |
| 九一 | 信号弾闇にあがりてあはれあはれ音絶えし山に敵味方の兵 | 宮柊二 |
| 九二 | 防空演習の掩蔽灯火はひそやかに円く区切りてわが仕事を照らす | 五島美代子 |
| 九三 | 芝草におきし蚊やりの一点の火の色すごしサイレンの鳴る | 四賀光子 |
| 九四 | 誰何せる兵の鋭き声きこゆ蝋をともして夜居るときに | 藤原哲夫 |
| 九五 | 腕に捲く時計の針もあきらかに立ち添ふ焔真夜の雲焼く | 尾山篤二郎 |
| 九六 | いささかの愛惜を断ち焚き捨つる万葉代匠記の炎よ赤し | 山中貞則 |
| 九七 | 水漬きたる夜の草原に蟲なけば流民のごとく灯を戀ひやまず | 木俣修 |
| 九八 | 拳銃持つ兵はわれらを並ばしめ何か言ひつつシャンデリア射落とす | 武内六郎 |
| 九九 | 焼原のゆふべとなればあかあかと灯こそかがやけ仮小舎ごとに | 岡野直七郎 |
| 百 | みじかなる焔燠よりたちをりてこのいひ難きいきほひを見ん | 佐藤佐太郎 |