いう形勢である。したがって、「戦没」の問題は、過去だけではなく、現在そして未来のそれであるということになる。その前方の戦雲をはらいのけることができるまでは、これらの声を忘れることをしてはならないはずである。はらいのける仕事に不可欠であるところの真の生命肯定の思想は、その深い根を、これらの声のようなところから掘りおこしてくるのでなければならない。それゆえに、その仕事の完了の後の幸福な時代にも、これらの声は、尊い遺産としてひとびとの記憶のなかに生きつづけるであろう。

   一九六二・一二・二二









なげけるか いかれるか
はたもだせるか
きけ はてしなきわだつみのこえ


 「果てし無きわだつみ」 
  藤谷多喜雄 (1949)
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