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乙女高原ファンクラブ 公認
乙女高原メールマガジン 第228号 2010.4.6.
発行者:植原 彰(乙女高原のある山梨市牧丘町在住)
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▲▼ も く じ ▼▲
NEW! 0.【ニュースニュース】
NEW! 1.【観測報告】乙女高原から冬の便りが・・・
NEW! 2.【座談会報告】「エベレスト街道」トレッキング
(再掲)3.【イベント案内】遊歩道づくり・シカ柵設置 5月9日
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0.【ニュースニュース】
●1.乙女高原ファンクラブのニュースレター(会報)1001号(2010年度の1号)ができました。原さんや坂田さんに原稿をいただき,印刷後の発送作業は加藤さんにやっていただきました。いろいろな方のご協力によってニュースレターができました。ありがとうございました。
●2.次回の乙女高原ファンクラブ世話人会は4月14日(水)午後7時半から9時まで牧丘総合会館で行います。ファンクラブ会員であれば世話人でなくても参加できます。おいでください。
●3.じつはニュースレターにも詳細な報告を書いていただいたのですが,原さんに乙女高原の気温・地温の自動温度記録についてのレポートを書いていただきました。まさに大型のボタン電池といった外見の「データロガ」は1時間おきに設定すると2ヶ月以上,温度を自動計測・自動記録してくれ,パソコンで簡単にデータ回収ができる,すぐれものです(→1)
●4.座談会でネパールでのトレッキング体験を報告発表していただいた坂田さんに,そのお話のダイジェストを原稿にしていただきました。ニュースレターにも同じ文章が載っています。ニュースレターだときれいな写真つきなのですが,メールマガジンは文章のみの提供となります。ごめんなさいね(→2)
●5.東京・上野の国立科学博物館で特別展「大ほ乳類展」が開催されています。見に行ってきました。たくさんの剥製や骨格標本がところ狭しと並べられていて,壮観でした。パンダの手は7本指だったり(手首の骨を長くして親指の外側にもう一本の親指が,小指の外側にもう一本の小指があるように見えます。これで笹の茎をつかむのだそうです),おちんちんの骨の形が動物によって違っていたりと,興味深い展示がいっぱいでした。中でもよかったのがシートンの展示です。シートンがメッチャおちゃめな絵を画いていたり,若い先住民の猟師からいろいろ教わっていたりと,あらためて,シートンに注目したくなりました。
この特別展は2期に分かれていて,前半は6月13日までの「陸のなかまたち」,後半は7月10日からの「海のなかまたち」になるそうです。また見に行かなくっちゃ。
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1.【観測報告】●乙女高原から冬の便りが届きました…●
平成22年3月20日 乙女高原第3期案内人 原 澄(記)
新年早々に植原さんから待ち望んだパソコンメールが届きました。昨年11月23日の草刈りボランティア後に設置した、大型ボタン電池大のデータロガ(自動記録素子 直径17.5mmφ、厚さ5.9mm)の計測データです。早速パソコンで確認し、収集されたデータに驚きました。ちょっとした優れものです。平成19年度は乙女高原を頻繁に訪れ、苦労して温度データを収集して来ましたが、データロガの設置により120Km離れた自宅(神奈川県座間市)でも乙女高原冬季の状況が1時間間隔の計測データから推察出来るのです。
データロガは世話人会で「乙女高原の温度計測プロジェクト」として承認され購入したものです。昨年の草刈イベント後に地上1個、地下2個を設置しました。地下設置の2個は地表が凍結しているため今回は回収せず、地上測定用に設置したデータの回収です。植原さんには計5回(地元植原さんは頻繁に乙女高原に行っているー羨ましい限りです)に亘りデータを回収していただきました。今回で11月24日から3月14日までのデータが手元に揃いました。今後は地下設置のデータも回収し、順次詳細を報告しようと考えています。
今回の収集データからは海抜1650m乙女高原の冬期約4ヵ月間の気温変化がわかります。データからは12月には入り徐々に気温が低下し、1月〜2月は真冬日(日中でも氷点下)が続き、最高気温が0℃を超えたのは数日のみです。3月に入り徐々に気温上昇傾向が見られます。最低気温は-13℃(1月及び2月上旬)を記録しています。 (甲府気象台発表―塩山の気温データでは12月〜2月末の期間の最低気温は-6.8℃です、-0℃以下の日でも日中は0℃以上に上昇しています)今回の詳細データは「乙女高原フアンクラブニュースレター1001号」に掲載していますのでぜひご覧ください。
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2.【座談会報告】●「エベレスト街道」トレッキング●
乙女高原ファンクラブ代表世話人 坂田英明
●サガルマータ
昨年の11月に、大学時代の山仲間から誘いのあった「エベレスト街道」に、ヒマラヤの山々を眺めに行ってきました。エベレスは中国語でチョモランマと呼ばれネパール語ではサガルマータと呼ばれています。サガルマータとは「母なる大地の神」との意味だそうです。
●エベレスト街道
我々の向かう「エベレスト街道」は、ネパールの首都カトマンズからおおよそ200km離れたルクラから世界の最高峰エベレスト登山の為のベースキャンプ(5364m)へ続く山道が呼ばれていて、途中の4000mを越えた高地まで人の住む集落が点在しています。
●ポーターとゾッキョ
自動車の走れる道のないエベレスト街道ではポーターが重要な輸送の役割を担っています。ポーターたちは生活に必要なあらゆる物を担いで通ります。
ポーターと並んで重要な輸送の担い手は立派な角を持ったヤクと牛の交配種で一代限りの命のゾッキョです。ゾッキョは一頭でポーター3人分の荷物を運ぶといいます。一人の牛飼いが5〜6頭のゾッキョを連れて街道を進みます。ゾッキョは糞を垂れ流して歩くので、乾季の街道では糞が乾燥して土と一緒に舞い上がり真に非衛生で大変でした。
ポーターはゾッキョに比べて荷物の扱いが丁寧なので重要なものを運びます。私たちが日本から持ち込んだ衣類や防寒具などは3人のポーターが運搬していました。私より体が小さいのに寝袋や防寒着、衣類など70kg以上の荷物を担いでいました。
●トレッキングは大名旅行
トレッキングは大名旅行です。我々10人の日本人トレッカーに対して現地スタッフは日本語が話せるガイドをはじめガイド補佐やコック、キッチンボーイ、荷物を運搬するポーターやゾッキョを扱う人(牛飼い?)など総勢15人体制でサポートしてくれます。
私たちの荷物はポーターが担ぎ、我々は身の回りの貴重品だけを担いで歩きます。ゾッキョは一行25人分のテント、食料、炊事道具、燃料などキャンプに必要な資材一切を積みこんで行動します。現地スタッフ一行は、我々が出発してから荷物をまとめて出発しますが先にテントサイトに到着してテントを設営し、お茶を沸かして我々の到着を待っています。夜のテントでは寒くないように、暖かい湯たんぽが配られます。朝は目が覚めると洗顔用の洗面器一杯のお湯と、熱々のネパールティーがテントに運ばれます。
●テント生活は日本食
テント生活は基本的には日本食です。一緒に行動するコック達が口にあった食事を用意してくれます。天ぷらが出たり、うどんが出たり、海苔巻きなども、トレッキング後半にはおかゆ、おじや、梅干も出たりしました。我々の食事を準備するコックはエベレスト登山隊の食事の手伝いをして日本食を覚えたそうです。
●シェルパ族の住む街道
ネパールは本来ヒンズー教徒の国ですが、ヒマラヤ山岳地帯のこの街道はチベット仏教徒のシェルパ族の住む街道なので、空、風、火、水、地を象徴した五色のタルチョ(経文を書いた布)と、“マニ石”と呼ばれる石を街道のあちこちで見ることができます。マニ石の多くはオム・マニ・ベメ・フム(おお、蓮華の座におわします宝珠の神よ)という経文が彫られていて、下地を白色に文字を浮き出させて黒色に着色してあります。最初の目的地のパクディン(2600m)までは五色のタルチョがたなびくつり橋を何回も渡りました。
●ナムチェバザール
2日目は馬蹄形をした急斜面の町ナムチェバザール(3440m)泊まり。ここには登山客相手のロッジ、レストラン、土産品店、登山用品店などが軒を並べています。ほとんどのトレッカーはここで高度順応のために連泊して高山病に備えます。ナムチェバザールにはチベットから多数の行商人が峠を越えて靴や衣類などの中国製品を売りに来ていました。3日目は高度順応のために、世界で一番高い場所に建つ憧れのエベレストビューホテル(3880m)まで往復してきました。
●クンデピ−ク
4日目はついに4200mのクンデピークに到着しました。ここでの記念写真を見てみると気圧のために顔がムクンでしまい、カトマンズに戻るまでこの状態でした。この日のクンデ村のテントサイトは富士山より高い3.840mの場所でした。
●高山病
ナムチェバザールを出てから私たちは軽い高山病で頭が痛く、食欲が無くなる程度でしたが、メンバーの中からは食事もほとんど受け付けないばかりか、吐き気、嘔吐に苦しむ人が出てしまいました。
●マニ車
5日目は3840mのクンデ村からクムジュンを通過して一旦3250mのプンキテンガまで600m下り、再び3910mのタンボチェまで750m登り返します。
この街道にはどこの村にも立派なチョルテン(仏塔)があります。エベレスト街道では中に経文が入っているマニ車をいたるところで見ることができます。
マニ車は、車を1回まわすと中の経文を一度読んだと同じ事になります。マニ車は、必ず右手で回さなければなりません。左手は不浄の手だからです。不浄の手の意味は、インドやネパールではトイレのあと紙を使わずに、左手で水を使って始末する習慣があります。インドやネパールでは食事を手で食べますが決して左手を使わないのもこの為です。
●ヒラリー学校
途中のクムジュン村にはエベレスト初登頂者エドモンドヒラリーが地元の為に作ったヒラリー学校があり 銅像が建っていました。この学校は今では世界各国からの援助で経営されていて、日本からの援助による校舎もありました。
タンボチェも富士山より高い3910mの場所にありここにはこの辺一帯で一番大きなチベット仏教の本山がありました。ここでは150人ほどのラマ僧が修行をしているそうです今回のトレッキングで最もエベレストに近い場所はこのタンボチェで直線距離ではおおよそ20kmの場所でした。
●帰路
今回のトレッキングは「エベレスト街道」の入り口まででした。タンボチェからはナムチェバザールに戻り、更に3日をかけてパクデン・ルクラを経由してカトマンズまでの帰り道を周りの山々の写真を撮りながら帰路につきました。
●ヒマラヤの山々
ヒマラヤの山々を自分の目で眺めてくることが今回のトレッキングの目的でしたが街道の到る所で、クスムカングルー(6367)、タウツエ(6542m)、ヌプツエ(7879m)、エベレスト(8848m)、ローツエ(8414m)、アマダブラム(6856m)、タムセルク(6608m)、カンテガ(6685m)、コンデリ(6186m)、クンビラ(5761m)の山々を望むことが出来ました。なお、クンビラは四国のコンピラの語源になっている山で、地元の人々も登山は禁止だそうです。
●カトマンズ
カトマンズは全体が世界遺産に指定されていますが、ネパール最大のヒンズー教寺院「パシュパテナート」やネパール最古の仏教寺院と言われている「スワヤンプナート」、などの観光をする時間がありました。
「パシュパテナート」は聖なるガンジス川の支流のほとりにあり、川の中で沐浴する姿が見ることが出来たし、川の淵の煙に近づいてみるとテレビで見たことのあるヒンズー教徒の荼毘が行われている様子もしっかり見物できて、非常なカルチャーショックを受けました。旧王宮跡の「ダルバール広場」では有名な「右手には人間の生首、左手には太刀を持っていて、この像の前で嘘をつくと、すぐに死んでしまう」と恐れられている シヴァ神の化身「カーラ・バイラブ」も見学することが出来ました。
最後の日には小型飛行機でヒマラヤ上空の遊覧飛行を行い、エベレストの高さを改めて経験して帰途に着きました。 以上
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3.【イベント案内】
●乙女高原ボランティア作業 第1弾 遊歩道づくり●
古くなった杭を交換し,ロープを張り巡らし,遊歩道をはっきりさせます。ご家族で参加できる作業です。春の乙女高原で,いい汗をかきましょう。ただし,天気が悪いと寒いです。防寒具もお忘れなく。
今回は,シカ柵設置も同じ日にやってしまいます。午前中は遊歩道づくり,午後からシカ柵設置ということになると思います。こちらの作業もよろしくお願いします。
■日時 5月9日(日) 午前9時半から
(少雨決行。雨天の判断は各自でお願いします)
■集合 乙女高原グリーンロッジ前
■持ち物 べんとう,雨具,軍手。
かけや(大きなトンカチ),なたなど道具がある方はご持参ください。
■服装 作業のできる服装(まだ寒いので,防寒の準備も)
■問い合わせ・申し込み先
山梨市役所観光課 電話0553-22-1111(代表)
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