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    乙女高原ファンクラブ 公認
 乙女高原メールマガジン 第245号 2011.2.11.
  発行者:植原 彰(乙女高原のある山梨市牧丘町在住)
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NEW! 0.【ニュースニュース】
NEW! 1.【活動報告】第10回乙女高原フォーラム その2
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0.【ニュースニュース】
●1.ようこそ乙女高原展も含め第10回乙女高原フォーラムを振り返っての反省点(よかったことも,直したい点も)をぜひお聞かせください。次のフォーラムに活かしたいと思います。また,次回フォーラムのテーマやゲストについてのアイデアがありましたら,それもお聞かせください。
 23日に世話人会があるので,できれば20日くらいまでに送っていただけるとありがたいです。

●2.乙女高原案内人で,三ツ峠ネットワークの事務局をなさっている山本さんからフォーラムの感想をいただきました。ご本人の承諾をいただいた上で転載させていただきます。皆さんもフォーラムの感想,報告者や講師の皆さんへの質問等どしどしお寄せください。以下,山本さんです。

 昨日のフォーラムに参加し、大変有意義なお話を拝聴できました。ありがとうございました。
 フォーラムで配布された資料に「三ツ峠のアツモリソウ保護活動」の記事がありましたが、記載されているボランティアグループ「三ツ峠ネットワーク」を昨年立ち上げ、事務局を務めています。
 今年になってから、町と協議会を作るための話し合いを始めています。
 アツモリソウ生育環境を保全する活動の一環として、シカの採食影響から生育地を防護するため、防鹿柵の設置に取り組んでいますが、シカの捕獲問題についても取り組んでいこうと考えていたところなので、示唆に富んだ高槻先生のお話や、各地での活動事例は大変参考になりました。
 単にアツモリソウを保護するだけでなく、生育環境の保全という考えで取り組んでいますので、そのためにはコドラード調査をしていくことが重要だと再確認しました。
 シカを害獣として補殺するのではなく、シカを狩猟していくことは日本人の生活文化の問題として、取り組んでいくかなければならないと理解しました。
 そのためには、行政・林業・猟友会・市民のコンセンサスが得られるよう、地域文化のビジョン作りを話し合っていく必要があると認識しました。
 三ツ峠ネットワークの課題にして、他団体の活動も参考にさせていただこうと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
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1.【活動報告】 ●第10回乙女高原フォーラム● その2

 前号のメルマガの続きです。いよいよ高槻成紀さんのお話のダイジェストです。なお,前号の報告者の発表概要も,今回の高槻さんのお話も,お話しされたことをまとめたのは植原です。文責は植原にあることをお断りしておきます。


  ●●シカが植物群落におよぼす影響:草原への影響は複雑●●

■――プロローグ
 わたしにシカ問題解決の処方箋を期待しておられるとしたら,それはダメです。シカについて教科書的な勉強をしてノートにいっぱい取って帰ろうと思っても,それも期待に沿うことはできません。
 わたしのお話で,この問題はとても難しいということを理解し,どう難しいか,それを考えるきっかけにできればいいかなと思います。

■――シカはどういう生き物か
 岩手県のメスジカは80パーセントくらいが妊娠します。1歳の秋からほぼ毎年妊娠します。シカは恐ろしい勢いで増える潜在力を持った生き物といえます。
 わたしは宮城県の金華山という島のシカを観察しています。
 シカは体重の変動がとても大きな動物で,夏になると冬の50パーセント増しくらいになります。秋に体重はピークになって交尾期を迎えます。立派な角を持ったオスになるとエサも食べないで体重を2キロくらい減らして,メスの尻を追っかけまわし,痩せて,冬を迎えることになります。
 角は毎年春になると生えてきて,翌年の春に落ちてしまいます。毎年のことですから,角への栄養補給もたいへんです。8月末から9月くらいにかけ,角は完成します。この時期までの角は袋角といって,角に血が通っています。そして,その時期になると,血が通っていた袋の部分がはがれ,シカが角を地面に打ちつけたり,小枝に叩きつけたりして磨きをかけて,立派な角にして,複数のメスを確保して種付けをします。シカは一夫多妻制の社会を持っています。
 11月からは,草や木が枯れてしまうので,落ち葉や枯れ葉も食べます。カモシカは食べるものが限定的ですが,シカは植物なら何でも食べるというくらい,食べる植物の幅が広い動物です。
 金華山の場合,面積が限られていて,狩猟も行われていないために,毎年,生まれてきた数の分が減らないと,たいへんなことになります。毎年3月に調査に行きますが,毎年相当数の死体が回収されます。今,全国各地で死ぬ数より生まれる数の方が多いので,分布を拡大しているということです。
 1984年に東北を大寒波が襲い,多くのシカが死にました。このとき,金華山のシカは半分くらいに減ったのですが,すぐにまた頭数が回復しました。その後,97年にも大量死が起きました。頭数を調査してみると,この島の環境収容力(その土地の生産力が支えうる頭数)は50〜60頭/?であることがわかりました。ちなみにシカの食害が顕在化するのは10頭/?を上回り20頭/?くらいであるといわれています。
 このような長年の研究で分かったことは,その土地の生産が許す限り(環境収容力)シカは増える,そして,10年に一回くらいの頻度で大量死が起きて,それがすぐに回復するということでした。
 わたしたちは金華山の一部で,150頭ほどのシカ全員の顔を覚え,名前を付けて,メスが産んだ子にも名前もつけて,20年ほど追跡調査しています。プライバシーに立ち入った調査もしていて,お父さんもかなりわかっています。 3月にはシカをネットに追い込んで捕まえ,身長体重などの身体測定をし,採血してDNAを調べています。
 クマやサルやカモシカはお互いが距離を保ちながら生活するので、密度が高くなると分散するのですが,シカはそういうことのない動物で,高密度でも暮らしていけます。
 シカはいろいろな植物を食べ,しかも,1日に食べる量は10キロにもなる,非常に大食漢な動物です。
 このように,シカは高い繁殖力を持ち,高密度で生息し,食べ物の幅が広いので,植物へ影響が非常に大きいのが特徴です。シカがいるところではきれいな花をつけるタイプの花はどんどん少なくなり,ススキ,シバなどイネ科の再生力の強い植物に限定されてしまいます。

■――シカと植物
 金華山のブナ林は異様な景観です。立派な木はあるけれど,若い木はありません。ふつうは芽を出したばかりの小さな木がたくさんあって,大きな木ほど少なくなるはずなのに,若い木がありません。シカがいることで若木がなくなり,森の跡継ぎがなくなってしまいます。
 春になると強い風が吹いて,木が倒れることがあります。そうすると,ドミノ効果で木々が倒れ,そこにススキが入り込み,シカのエサが増え,シカにとっては好都合になります。
 シカの生息地の中に柵を作ってみました。10年たったら,柵の中の様子がまったく変わりました。最初は低木種が多かったのですが,そのうちイヌシデとかクロマツ,ケヤキが生えてきました。いかにシカが植物たちに強い影響を与えるかがわかりました。「シカが林を食べてしまう」んです。
 シカがいると植物は毎日毎日食べられてしまい,たいへんと思いますが、本当にそうでしょうか。
 ササは常緑性ですから,ほかの植物が枯れてしまう秋から冬にかけて草食獣にとっては相対的に重要度が増します。ササの葉は硬くて,消化率は必ずしもよくないのですが,枯れ葉よりは栄養価が高いのでシカはよく食べます。
 金華山でメギというトゲのある植物の中にアズマネザサが2メートルくらいの高さになっているのを見つけました。まわりにあるササは背が低くて芝程度なのに,そこだけ背が高いのです。シカに食べられないほうがいいのでしょうか。
 そこでササの密度と背丈を調べてみました。シカに食べられているところは,たしかにササは低くなっていましたが,そのかわり密度は高く,反対にシカがいないところでは背は高くなりますが,密度は低く押さえられてしまいます。ですから,一定面積に生えているササの本数と長さを掛け合わせてみると(つまり,一定面積におけるササの総延長),シカに食べられているところも,柵内も,シカのいないところも変わりはありませんでした。つまり,植物はシカに食べられっぱなしではなかったのです。植物はすごいです。食べられたら,横から芽を出す−−を繰り返してがんばっています。
 それだけでなく,トゲが強力なアザミが出現したり,この島のサンショウはトゲが長くて鋭かったりします。トゲ以外にもイネ科植物ではケイ酸体というガラス質のものを体の中に持っていて,硬くなっています。 これらは物理的に植物の体を守っているので物理的防衛といいます。
 一方,化学的防衛もあります。クリンソウなどサクラソウの仲間は有毒で,シカは一口も食べません。レモンエゴマにも特殊な臭いがするので食べません。カリガネソウもハナヒリノキ,ワラビもそうです。
 イラクサはトゲトゲがあるので物理的防衛もしますが,トゲトゲが注射針にもなっていて,これが刺さり注射液が動物の体内に入るとイライラする,痛くなるという化学的防衛もしています。
 シカと植物の関係は,植物の個別にみると,シカが好きな植物は減って,シカが嫌いな植物は増えるということになります。ですが,実際の自然では,植物たちは群落を形成していて,太陽の光をめぐって熾烈な競争をしています。ですから,シカがある植物を食べてしまうと,いままで見られなかった植物が急に現れるということもあります。乙女高原でもこういったことが起きているはずです。もっと時間がたつと,もともとあった植物が消えてしまうという事態も起こり得ます。こういうように、種を個別にみるのでなく,群落レベルでみることのほうがはるかに重要であると認識すべきです。
 シカの密度によってどんなことが起きてくるかをざっと見てみると,岩手では10頭/?で植物が盆栽のように小型になり,房総では植物の種数が減ってきます。もう少し密度が高くなると,樹皮はぎが見られたり,丹沢ではスズタケが少なくなったります。
 ふつうはここまでなんですが,島だとこれ以上の高密度になることがあります。そこまでいくと,低木や草本がなくなったり,ブナ林の更新が進まなくなったり,シカの好まない植物が目立つようになったりします。
 参考までに,小笠原に媒(なこうど)島という島がありますが,ここではヤギが増えてしまいました。シカに換算すると100頭/?です。ここは亜熱帯の鬱蒼とした林だったのですが,こうなると大規模な土壌流失が起きて,さんごの海に赤茶色の土が流れ込んでいます。
 じつは奥多摩でも土壌流失が起きています。でも,ここの密度は10頭/?以下です。なんでこんなことが起きるのか調べてみました。シカのいるところでは林床の植物が減ってしまうし,枯れ葉も減っていました。奥多摩では夏でもシカが枯れ葉を食べていました。こんなところでは土砂が流れやすいことがわかりました。 しかも,奥多摩は斜面の傾斜角が30度といった急斜面が多いので,なおさら土砂が崩れやすいということがわかりました。
 そこで,わたしが学んだことは、シカ対策には一般論はないということです。地形条件,気象条件,歴史的なこと,産業構造など場所ごとに違うのですから,それぞれの場所のシカと林がどんな条件にあるのかをちゃんと把握しないといけないということです。

■――乙女高原で起きていることは?
 植物たちはだんだん遷移をしていきます。自然保護というのは遷移を進めることです。日本のように高温多湿で,どんどん遷移が進んでいく環境にあっては,草原を保護するということは,遷移を進めないということです。遷移を進めることを自然保護だとすると,草原を保護することは常識的な自然保護とは逆のことをすることです。このことが乙女高原では行われてきたわけです。草刈りをすることは自然保護にさおさすことです。
 人間と自然とはふつう対立的に考えられます。人が農業生産をするということは自然を破壊すること。それは間違いないことだけど,許されるべきことですよね。生き物の能力を巧みに利用して自分たちの食べ物を作る−−これが農業ですから,そのことはいいだろう。
 一方,シカは昔から日本列島にいて,人が日本列島に入ってくるはるか昔から,日本の住人です。シカが増えて,きれいな花を食べることは被害といえるのかどうか。シカは草刈りと同じようなことをしています。
 人間が草を刈るのはちょっとどうかなと思うけど,シカが草を食べることは当たり前でしょう。草食獣が生きるということはそういうことです。
 乙女高原は,森林でないことに価値があるわけですね。草原というのは林でないことを維持すること,つまり,植生遷移を阻止することです。シカがもし草刈りと同じように草原を維持しているとしたら,シカは悪いことをしているのか。これはなかなかむずかしい問題です。
 もう一つ皆さんに覚えておいていただきたいことは,自然保護の歴史を振り返ってみると,たとえばツキノワグマを守りましょう,パンダを守りましょうなど,種を守ることからスタートしていますが,20世紀の後半くらいから,生態系の機能を保全するという意識になってきているということです。
 ボーティンさんは「細かいフィルターの自然保護(保全)と粗いフィルターの自然保護(保全)がある」と言ってます。「細かいフィルター」とは,クマを守るとかアラビアオリックスを守るなど,ターゲットにする種をぴしっと決めることです。そして,その種を守るための対策を立てます。当然,別の種を守るためには別の対策を立てます。今日も話題になっていましたが,レンゲツツジを守る,そのための植生管理というのはあると思います。
 一方,「粗いフィルター」とは,林全体を守るとか,スカンジナビア半島のここを守るとか,土地あるいは土地の生態系,あるいはその土地の生態系で起こっていること−−山火事や伐採など−−を組み込んだ自然保護です。それはある特定の種を守るのとはあきらかに違うアプローチです。
 乙女高原を守る活動は,そういう意味でいうと,粗いフィルター保全を経験的にやってきたいとうことなんです。そのなかで,「シカは悪者で排除すべき動物なのかどうか?」ということです。
 わたしは乙女高原ファンクラブのホームページを見せていただき,いくつか印象に残ったことがあります。たとえば乙女高原にはチョウの写真が載っていました。アサギマダラはガガイモが食草です。キベリタテハはドロノキ,サカハチソウはコアカソ,クジャクチョウはカラハナソウといった具合に,ほとんどのチョウは明るい草原に生える草を幼虫が食べるわけです。植生遷移を阻止し,明るい草原を維持してきたことがこのような多様な昆虫類をはぐくんできたといえます。
 わたしはもうかれこれ50年間動物や植物を眺めてきました。そして,最近思うことは,いろんな生き物がつながって生きていることの素晴らしさです。だから,ある特定の生き物を守ろうというのでなく,いろんなヤツがいろんな生き方をしている,それらをひっくるめて守るのが大事なんだと思っています。
 その目で見たときに,乙女高原での保全活動というのは,遷移阻止という通常の自然保護とは違う活動をしてきたわけです。また,もともと種の保全ではなく群落の保全,つまりは粗いフィルター保全をしてきたわけです。その上で,シカをどうするべきか考えなくてはなりません。
 わたしはシカをゼロにすることがいいとは思いにくいんです。ただし,もともと多くあった草をシカが食べているとしたら,抑制しなければなりません。「いるかいないか」ではなくて,悪影響がない程度にシカがいることを容認するのがいいと思います。
行政も含めて,乙女高原をどういう林と草原の姿で維持していくのか,そのビジョンがわかれば,どうすればいいか、その答えが出てくると思います。そのことなしに,「前に咲いてた花がなくなった,どうしよう」では解決が見えてこないと思います。
 手をつけない自然だけに価値があるわけではありません。これまで行われてきた乙女高原での保全活動は素晴らしい歴史的な存在だと思います。それを引き継ぎ,次の世代に伝えていくことが大事だと思います。

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