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乙女高原は ,ふもと集落の草刈り場そしてスキー場だった
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■乙女高原の草原・・・草刈りしないと,どうなるの? |
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【写真1】まわりは森 【写真2】草原内に生えてきた若木 【写真3】草原が若い森に遷移
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乙女高原の草原のまわりは森(写真1)。その森からたくさんの木のたねが草原に飛んできています。草原内を注意して見れば,ヤナギの仲間やカバノキの仲間の若木がたくさん見つかります(写真2)。やがて,これらの木が大きくなると,草原が林へと変わってしまいます(写真3)。このように,時間がたつにつれて自然が変わっていくことを「遷移」といいます。
乙女高原では毎年,冬のはじめに草刈りをしています。冬ですから,もう草はたねを飛ばしたあと。枯草でしかありません。刈り取られても,ダメージはほんの少しです。来年,また芽を出すことができます。
ところが,木は切られてしまったら,それ以上はもう成長できません。草原の中に木が生えてきても,人が草刈りと同時に切ってしまっていたので,結果的に遷移を止め,草原が維持されてきました。
乙女高原の草原は人(の草刈りという営み)が守ってきた自然なのです。
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■乙女高原の草原・・・なんのために草刈りするの?
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, 昔〜終戦後
いつ頃からか,はっきりしたことは分かりませんが,乙女高原の草原は,ふもと集落の共有のカヤ刈り場でした。農作業が一段落した頃,乙女高原の草刈りをして,冬の牛馬への飼料に混ぜたり,焼いて灰にして畑に撒いたりしていたそうです。 |
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終戦後〜2000年3月
終戦後,乙女高原は県内初の「スキーの競技大会が開催できるほどの本格的なスキー場」としてオープンしました。標高が1700メートルもありますから雪質は問題ないのですが,新潟や長野ほど雪が降るわけではありません。雪が降る前に草刈りをしておかないと,ゲレンデに枯草が出てしまいます。そこで,やはり,初冬に草刈りをしていました。スキー場として管理するために草刈りすることによって,結果的にあの草原が守られてきたわけです。
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1962年の乙女高原スキー場 |
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乙女高原ツツジのコースの写真。上は1985年(ほとんど草刈りされていない),下は2005年。 |
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ところが,このスキー場は1952年の山梨日々新聞に「西保までバス。徒歩4時間」とあるように,たいへんアクセスの悪いスキー場です。林道も開通しましたが,雪が降ると行きづらくなるのは変わりません。おまけに近場に手軽なスキー場が多数オープンしたこともあり,利用者があまりいなくなってしまいました。人手不足で草刈りが十分に行われなくなり,乙女高原の草原の中には,若い森まで遷移が進んでしまったところも出てきました。
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さらに,2000年3月には,もうこれ以上,乙女高原をスキー場として利用しないことが決められてしまいました。スキー場として利用しないのですから,当然,草刈りももう行われないことになってしまいました。 |
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そして,今
草刈りが行われなくなれば,遷移が進み,乙女高原の草原はやがて森に飲み込まれてしまいます。これも自然の姿です。ですが,私たちは,私たちの祖先がせっかく守り通してきたこの草原を,少なくとも次の世代にはきちんと譲り渡そうと決心しました。これもまた自然保護のひとつの形です。
毎年200人もの方々が参加してくれるこのイベント。今年はどんな方々が参加してくださるのか,楽しみにしています。
【関連ページ】
■乙女高原の草原を守る! 草刈りボランティア
→2004年の草刈りの様子
→2003年の草刈りの様子
→2002年の草刈りの様子
■乙女高原の草刈りビフォー・アフター
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