●日時 2010年1月31日(日)午後1時から3時半
●会場 山梨市民会館 3階 ちどりの間
■テーマ シカが乙女高原の自然を変えている!!
前回のフォーラムでは星野義延さんをゲストに迎え,シカが植生に及ぼしている影響をお話いただきました。乙女高原は他と比べて,まだシカの影響が小さい方だというご指摘をいただきましたが,実際には,シカによる植生への影響は加速度的に大きくなっているようです。 そこで,今年はもう一度,フォーラムのテーマをシカとし,県内の実情や行なわれている対策についてゲストのお二人からお話を聞き,今後の対策について多くの皆さんといっしょに考えていきたいと思います。
■ゲスト 吉田 洋さん
新潟県出身。現在,山梨県環境科学研究所の研究員で農学博士。研究員として勤務するかたわら,獣害対策支援センター顧問,日本哺乳類学会クマ保護管理検討作業部会委員を務め,人と野生動物との共存のあり方をさぐっていらっしゃいます。
■ゲスト 長池 卓男さん
神奈川県出身。現在,山梨県森林総合研究所の研究員で農学博士。木材生産だけでなく生物のことも考慮した人工林の生態的管理に関する研究や、ニホンジカが生態系に及ぼす影響などを、櫛形山、富士山、南アルプスなど県内各地で行っていらっしゃいます。
■プログラム1 吉田さんのお話「ニホンジカの生態と行動」
1)シカの分類
・シカは蹄(ひづめ)のある動物。「偶蹄目」の中の「シカ科」。ウシに近い動物。
・シカは草原性でも森林性でもなく,その中間(木の葉も食べるし,草の葉も食べる)
2)シカの分布と形態
・ニホンジカは朝鮮半島やアムール川流域,中国,台湾にもいる。
・日本列島のニホンジカにはエゾジカ,キュウシュウジカなど7亜種がある。
・山梨にいるのはニホンジカの亜種ホンシュウジカ。
・ホンシュウジカはオスが体重平均70s,メスが50sとオスのほうが大きい。
・亜種により大きさが大きく違っている(エゾジカ>ホンシュウジカ)。
・カモシカとシカの糞はとてもよく似ている。
・カモシカはほとんど止まって糞を出すが(だから,ため糞になる),シカ は歩きながらも糞をする。
・シカの蹄はじゃんけんのチョキのよう。中指と薬指でチョキを作っている。
・シカは,ウシと同じく4つの胃を持つ(反芻動物)。
・一番目の胃が一番大きく,この中で人は分解できないセルロースを微生物の助けを借り分解している。
・それだけでなく,分解作業をしている微生物自体を,第4胃で消化している(微生物がタンパク源になる)。
・前歯は下あごにしか生えてない。上あごは歯茎が硬い。
・上下両方に前歯があるわけではないので,食べた草にはギザギザした跡が残る。
・歯には年輪ができる。最初の1年は乳歯が生えているので,「年輪+1」歳がそのシカの年齢になる。
・シカの角はオスだけに生える。生えてから半年かけて大きくなり,1年たつとポロリと落ちる。
・出始めの角は袋を被っているようなので「袋角」,秋になると枯れ枝のようになるので,「枯れ角」と呼ばれる。
・角の形(枝分かれの様子)から年齢が推測できる。1本角はだいたい1歳。
3)シカの生活史
・春夏は鹿の子模様の毛になる。鹿の子模様は子だけでなく,大人も全部鹿の子模様の毛になる。
・秋冬になると長い毛が生えて体つきが太く見え,オスの角は枯れ角になる。
・秋になるとよく鳴く。万葉集では68首にシカが登場するが,歌の題材になっているのはシカの姿というよりシカの声(オスしか発声しない)。この声はなわばり宣言。発情期(交尾期)を迎えている声。
・発情期にはよく泥浴びをし,石や木の幹に体をこすりつけたり,フレーメンといって笑ったような顔になってメスの臭いをかいでいる。
・この時期,メスをめぐってオス同士の闘いが起きる。
・シカのおっぱいは脂肪分が牛乳の2.4倍。子は体重10キロになると離乳。
・オスは育児に参加しない。
・シカは増えやすい動物。頭数が増え,それまで食べていた餌資源がなくなると,他のものを食べるようになる。
草→ササ→木の幹→落ち葉。
4)シカ対策
・シカ柵を作っても,たとえば車道を空けてしまえば,効果がなくなる。
・シカがいやがる音はあるが時間が経つと慣れる。なお,超音波は聞こえてない。
■プログラム2 長池さんのお話「櫛形山のアヤメが消えた?」
1)櫛形山で起きていること
・それまでも減少が報告されているが,2006年からアヤメが急減。
・南アルプス市が櫛形山アヤメ保全対策調査検討会(大久保栄治委員長)を立ち上げ,調査研究検討を行っている。
・咲かなくなった原因は様々考えられたが,その中で自然(植生遷移)説、ニホンジカ説が有力だった。2007年,検証実験を開始。
・ニホンジカの影響を排除するために植生保護柵を設置した(シカ説の検証)。
・柵の中で,@そのままにしておく,A大きな草を刈り取る,B根から抜き取るという3つの実験を行い,その効果を比較する(自然説の検証)
・結果、ニホンジカ説が有力。ニホンジカの入れない柵内ではアヤメが大きくなれるが、柵外ではニホンジカによると思われる摂食で大きくなれない。
・柵の中ではラン科のテガタチドリも咲いた。
・柵を作れば,柵の中の植物はシカの摂食から守れることがわかった(当面の対策として柵は有効)。
・なぜアヤメが急減した(=シカにねらわれるようになった)のか?→スズタケが枯れたことによるエサ不足? 個体数が増加したから?
・柵の中は守れても,柵の外は守れない→根本的な対策が必要
・アヤメ以外のことはどう考えるか? 櫛形山全体の自然をどう守るかマスタープランが必要。
2)南アルプスで起きていること
・絶滅危惧種キタダケソウは今のところシカに食べられていないが,キタダケソウの分布域までシカは来ている。
・ミヤマハナシノブは食べられている。
・北岳の頂上直下でもシカが目撃されている。
・高山植物はこれまでシカに遭遇したことがない→シカへの耐性がない→絶滅の危機があるのではないか。
・標高の低いところでエサ不足になり,標高の高いところに移動している?
・林道のり面に草(エサ資源)があるので,高山帯に登って行ける?
・標高が高い場所でシカを排除するのは難しい。降りてきたところで排除する?
・シカに発信器をつけると,30キロを越える移動をしたシカも見られた。中には,夏になると標高の低いところに移動するシカもあった。 ・とりあえずシカ柵を設置するという緊急対策が必要。
3)ニホンジカの影響について考えること
・シカ柵は有効だが,壊れてしまうとエサが豊富な場所にシカを招き入れてしまうことになるので,こまめなメンテナンスが必要。
・調査員の一人が「櫛形山は静かになったなあ」→花を訪れるハチやアブの羽音が聞こえなくなってしまった。シカの影響が間接的に昆虫にも及ぶのでは?
・シカはエサを食べる場所(草原)と隠れ場所(森林)がセットになっているところが大好き(乙女高原も大好き?!)・乙女高原近くの森林では,シカが木の幹をどんどん食べている。特にキハダは2003年にはシカの害はまったくなかったのに,2009年にはほとんどのキハダが被害にあっている。このままでは,この地域のキハダは絶滅するだろう。
・多くなってしまったシカを減らすには狩猟。もう一方で,シカをこれ以上増やさないようにするには,どんな対策が必要かを考えなくてはならない。
・基本的にはエサを増やさないこと(間伐後の植生,林道ののり面,牧場)
・ニホンジカ自体への対策は、食べさせない(植生保護柵などでの防除)、個体数を減らす(狩猟・管理捕獲)、個体数を増やさない(生息地管理)の3つの取り組みが必要。
・柵を作ればその中は守られるが、ニホンジカは他の場所へ行く。捕獲したとしても増やす要因があるならば減らない。
・乙女高原では、緊急措置としては、ニホンジカに食べられないようにすることがまず重要。その上で、行政等含めて、3つの取り組みを有機的に実行する仕組みづくりが必要。
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